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【感動の野球人生】高橋由伸の輝かしい経歴と奮闘!本塁打王争いや新人特別表彰も!

【感動の野球人生】高橋由伸の輝かしい経歴と奮闘!本塁打王争いや新人特別表彰も!

高橋由伸は、「天才的な打撃技術とタイミングの取り方を持ち味とし、一本足打法で安定した対応ができる」と評される高橋由伸。彼はファウル打ちの技術にも優れ、外角の球にも広角に打ち分けることができる。

2007年には1番打者として起用され、長打狙いに加えて出塁も意識したスタイルを展開し、四球数が増加した。彼の打撃の天才性は晩年にも認められ、プロのスカウトからは大谷翔平を「高橋由伸タイプで三冠王を狙える素材」と評価された。

守備面では、右翼手として積極的で強肩かつ正確な送球を持ち、ゴールデングラブ賞を6年連続で受賞するなど高い評価を得た。負傷のリスクを抱えながらもファインプレーを繰り返し、フェンス際での守備による大怪我も経験した。その一方で、左翼手や一塁手としても起用され、安定した守備を見せた。

高橋は1998年にプロ野球選手としてデビューし、新人として優れた成績を収めた。彼は独特の打法と強肩で注目を浴び、ゴールデングラブ賞を受賞し、新人特別表彰も受けた。

1999年、彼は打撃力を向上させ、月間MVPも獲得した。怪我により一時離脱したものの、本塁打王争いを展開し、チームの優勝に貢献した。

2000年には再び活躍し、球団通算1000号サヨナラ本塁打を放ったが、打率は初めて3割を下回った。

2001年にスランプに苦しみながらも、球宴で初の本塁打を放ち、打率も3割を達成。翌2002年は好調で連続本塁打を記録し、打率も.402まで上昇。しかし、怪我による離脱や新ストライクゾーンの影響で成績は低下し、タイトル奪取はならなかった。

2003年には選手会長に任命され、中堅手へのコンバートとなり、打率.323を記録。オールスターMVPも獲得し、アジア野球選手権大会でも首位打者となった。

2004年は不調から復調し、五輪代表でも活躍。打率3割と30本塁打を達成し、プロ850試合目での1000本安打を達成した。

2005年4月6日の対横浜戦で決勝本塁打を放ち、開幕連敗を止めた。その後、怪我による離脱や手術を経験し、成績にも影響が出たが、2006年には復帰し中堅手に転向。しかし、再び負傷し左翼手にコンバートされた。

2007年には開幕戦で史上2人目となる3年連続開幕戦本塁打を記録。シーズン中も好成績を収め、月間MVPやゴールデングラブ賞を受賞した。規定打席到達は最後となり、本塁打王は逃したが、高橋は巨人に残留し、新たな契約を結んだ。

2008年、高橋は開幕戦で3点本塁打を放ち、チームのシーズン初勝利に貢献。その後、腰痛の再発などで出場試合数は少なかったが、打率.236という成績を残した。

2009年は腰痛が改善せず、手術を受けてシーズンを終えた。2010年は一塁手として出場し、116試合に出場して勝負強さを発揮。

2011年は怪我による出場停止もあったが、95試合に出場し、OPSはリーグトップだった。契約更改では大幅なダウン額でサインした。

2012年は怪我もなく一軍に帯同し、勝負強さを発揮。2013年は故障で出場試合数が少なかったが、打率.303、10本塁打、OPS.950を記録。

2014年は代打で活躍し、先発出場も増えたが、シーズン途中で父が亡くなる悲しみも経験した。2015年には通算3000塁打を達成し、最終的に77試合の出場で打率.278を残し、現役続行を示していたが、監督就任の要請を受けて引退を表明した。

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