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【どんでん】岡田彰布の実績&面白エピソード!おーん、アレはそらそうよ

【どんでん】岡田彰布の実績&面白エピソード!おーん、アレはそらそうよ

元プロ野球選手、岡田彰布さんの経歴や面白エピソードについて解説します。

岡田は、現役時代、阪神タイガースで14年間、オリックス・ブルーウェーブで2年間、プレーしました。

右投げ右打ちの強打者で、阪神の主軸打者でした。阪神全盛期には5番に座ることが多く、バース・掛布・岡田のバックスクリーン3連発が有名です。

現役引退後は、阪神、オリックスで監督を務めています。

この記事は、岡田彰布の「プロ入りの経緯」、「現役時代」、「人物像と面白エピソード」の順で説明します。

ぜひとも、最後までお楽しみ下さい!

プロ入りの経緯

岡田は大阪府大阪市出身。明星中学3年時に、中学野球大阪府大会で優勝した。

高校は北陽高校に進学。夏の甲子園に出場し、3試合で、打率.333を記録。

高校卒業後、ジャイアンツなどから誘いもあったが、プロ入りせずに、早稲田大学に入学。

東京六大学野球リーグでは、驚異的な打撃力を発揮してリーグ記録を樹立。

六大学野球リーグ通算成績は、88試合で309打数、117安打、20本塁打、81打点、打率.379。打点と打率はリーグ記録として現在も破られていない。

岡田のプロ入りの希望球団は阪神だったが、関西の球団ならどこでもよかった。

最終的に阪神が交渉権を獲得し、契約金6,000万円、年俸480万円で入団。

現役時代:阪神タイガース

1980年:プロ一年目、岡田は、終盤は5番打者として起用された。規定打席に達し、打率.290で、18本塁打を放つ。

1年目で、オールスターにも出場し、当時22歳で史上最年少の代打ホームランを記録した。

1981年:プロ2年目、岡田は初めて全130試合に出場し、20本塁打を達成。二塁手として固定された。

ルーキーイヤーから、2年連続で2桁本塁打を記録し、球団記録となった。その後、佐藤輝明も同記録を達成。

1982年:プロ2年目には安藤監督が就任し、打率.300を達成。

1983年:プロ3年目のシーズン中に右大腿二頭筋を断裂し、残りのシーズンを棒に振る。その後も脚部の負傷に悩まされる。

1984年:プロ4年目に怪我から復帰し、後半戦では主に右翼手として起用された。

1985年:プロ5年目には吉田監督が就任し、再び二塁手に戻った。シーズンを通して5番を務めた。

この年の4月17日、甲子園での対巨人戦で、伝説「バース・掛布・岡田のバックスクリーン3連発」が生まれた。

最終的に選手会長兼5番打者として、打率.342:リーグ2位、35本塁打:リーグ4位、101打点:リーグ5位という自己最高の好成績を残し、真弓・バース・掛布らとともに球団初の日本一に貢献した。

1986年:プロ6年目も5番打者として開幕し、後半は4番打者を務めた。

岡田は、この年の9月に父を亡くしたが、打率.268、26本塁打、70打点という主軸打者に相応しい成績を残した。

1987年:プロ7年目には打率2割5分台・本塁打14本という不振な成績を残した。

1988年:プロ8年目には村山監督が就任し、岡田は開幕時には5番で起用され、5月以降は4番としてプレーした。

打率.267、本塁打23本、打点72と、打撃成績が回復した。この年以降、3年連続で20本塁打を達成した。

1991年:プロ11年目以降は、深刻な打撃不振に苦しみ、出場機会が減少した。

1993年:プロ13年目には、出場機会がさらに減少し、阪神から自由契約となった。

現役時代:オリックス・ブルーウェーブ

岡田は1994年:プロ14年目にオリックス・ブルーウェーブに入団し、別れを惜しんだ阪神タイガースとの会見で涙を流した。

入団直前には不倫スキャンダルが週刊誌で暴露され、現役引退の危機に直面したが、調査によってスキャンダルは作り話であることが判明した。

さらに、岡田が恐喝され被害を受けていたことが明らかとなった。

警察の捜査により、恐喝容疑で逮捕された女性との関係は解決された。

オリックスはリース会社であり、調査要員を動員して真相を解明し、事件が刑事捜査に発展した。

同じ年の春のキャンプ中、岡田を迎えたオリックスのパンチ佐藤が復活に賭ける男として宣言し、岡田に一緒に写るように頼んだ。

岡田は引きつった笑みを浮かべながら嫌がり、こう言って、拒否した。

「復活って、俺はそうやが、お前、ええ時あったんか」

「復活って、お前、何もないやないか」

「一緒にすんなよ」

1995年:プロ15年目には出場機会が減少し、オリックスで10年ぶりの優勝を経験した後に現役を引退した。

引退試合は古巣の阪神とのオープン戦で、試合後には阪神とオリックスの両選手から胴上げされてグラウンドを去った。

岡田彰布の人物像と面白エピソード

岡田の愛称は「オカ」や「どんでん」。

「どんでん」は岡田が出演した「ほんだし うどんおでんだし」のCMに由来している。

岡田の座右の銘は「道一筋」であり、自分の信じた道を突き進むことを意味している。

口癖は「そらそうよ」で、「アレ」という言葉をよく使う癖もある。

選手に優勝を意識させない為に、あえて「優勝」という言葉を封印し、報道陣には「アレ」という言い回しに変えて多用した

岡田は1リーグ8球団制を提唱しており、クライマックスシリーズには否定的な意見を持っている。さらに、外国人選手の数を制限することも提案している。

岡田のストレス解消法としては飲酒(焼酎)、カラオケ、手品、ニンテンドーDSの脳トレ。

将棋を趣味としており、日本将棋連盟からアマ三段を授与された。

岡田は1982年に結婚し、同年、実母がニッスイのちくわのCMに出演している。ちくわ入りの八宝菜を作り岡田に呼びかける内容となっている。。

以上が、岡田彰布さんの実績とエピソードでした。

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