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【壮絶苦労人!】中日ドラゴンズ中村武志の現役実績と面白エピソード

【超頑丈な壮絶苦労人!】元中日ドラゴンズ中村武志の現役実績と面白エピソード

元プロ野球選手中村武志さんの経歴や面白エピソードを解説します。(以下、敬称略)

中村は、プロ通算21年で、1955試合に出場した強肩が売りの鉄人キャッチャーです。

中村が活躍した1990年代は、古田、谷繁など、名キャッチャーが多い中、しのぎを削った一人でした。

そんな中、中村は、中日ドラゴンズで、闘将星野仙一監督の元、試合以外の時間も闘い続けた不屈の精神を持つ捕手です。

この記事は、中村の現役時代の実績を振り返ると共に、星野監督とのエピソード中心にご紹介していきます。

ぜひとも最後までお楽しみ下さい!

中村のプロ入りの経緯

中村は、京都府京都市右京区出身。

地元の花園高校に入学し、3年間、新聞配達をしながら野球をして過ごした。

新聞配達の給料からバットやミットを購入していた。

花園高校時代に、甲子園への出場経験はないが、強肩が、中日ドラゴンズスカウト陣の目にとまった。

1984年、ドラフト1位で中日に入団した。

中日ドラゴンズ時代:プロ1年目から17年目

1985年、プロ1年目、中村は、高校時代にバイト代で買ったぼろぼろのキャッチャーミットを使っていた。

みかねたコーチが中村にミットを買ってくれた。

中村は、プロ1年目から3年目までは、とにかく猛練習をこなし、レギュラー定着を目指した。

1988年、プロ4年目、レギュラーに定着する。

リーグトップとなる盗塁阻止率.448を記録し、中日の6年ぶりのリーグ優勝に貢献した。

日本一は逃したものの、星野監督から「こいつのおかげで優勝できたんや!」と言われる。

この年から10年以上、中日ドラゴンズの正捕手の座を守り続ける。

1989年と1995年、プロ5年目と11年目には、盗塁阻止率が5割を超えて、リーグトップに輝く。

元中日のショート宇野は、中村の強肩に対してこう言ったほど・・・

「あんな送球、見たことない。手が腫れる」

1991年、プロ7年目、中村は捕手ながら20本のホームランを放った。

この年、特に中村の印象を強く残した試合を紹介します。

1991年7月19日、巨人戦、7回表が終わって0対8と完敗ムード。

だが、中日はしぶとく4点を返し、なお満塁の大チャンス。

ここで、中日ベンチは代打中村を送った。

中村は見事に期待にこたえ、なんとスタンドに飛び込む満塁ホームラン!

0対8から試合を振り出しに戻す劇的な一発を放った中村はそのまま捕手に。

すると延長11回裏に回ってきた打席で中村はまたもスタンドに放り込んだ!

1試合で満塁ホームランとサヨナラホームランを放つ快挙を達成!

中村は中日時代、2度のリーグ優勝を果たすと共に、2度の最優秀バッテリー賞に輝いた。

最優秀バッテリー賞は、1993年に山本昌と、1999年に野口茂樹と共に受賞した。

横浜・楽天時代:プロ18年目から引退まで

2001年、プロ17年目、中日ドラゴンズが、横浜の正捕手・谷繁元信をFAで獲得した。

中村は、出場機会を求めてトレードを志願し、横浜にトレードとなった。

その後、横浜で3年、楽天で1年、主に2番手捕手としてプレーした。

横浜時代、愛車のベンツを盗まれる被害にあった。

車は戻ったものの、車に載せていた野球道具一式は戻らなかった。(盗んだ人の心理が分からない・・・)

2005年、プロ21年目、中村は楽天で、現役生活に幕を閉じた。

引退後は、横浜・中日などでコーチを歴任し、その後、野球解説者として活躍している。

YouTubeチャンネル「中村武志の39ちゃんねる」を開設し、現役時代・コーチ時代の数々の面白エピソードを披露している。

中村武志の面白エピソード

投手陣から星野監督対応を全て任される

その代わり、投手陣は中村の悪口を一切言わないと申し合わせた。

試合の勝ち負けよりも1日をどう生きのびるかが大事

あまりにしばかれすぎて、コーチが止めに入ってこう言った!

「監督、これ以上殴ったら死にます」

6年間外出禁止

入団から6年間は、炭酸、ポテトチップス、たばこも禁止されていた。

門限前の時間でも常にホテルの裏口から出入りしていた。

ホテルでたばこを買って星野監督にしばかれる

禁止だったのに、ホテルの1階ロビーの自動販売機でたばこを買っているところを星野監督にみつかった。

中村は、「先輩に頼まれました」と言い訳した。

当然、ボコボコにしばかれて、ロビーの床に鼻血が飛び散った。

ホテルの職員達は、呆然と立ち尽くしていた。

星野監督にけじめをつけろと言われる

ある日、ピッチャーが相手にフォアボールを与えて敗戦につながった。

中村は試合後、星野監督にこう言われた。

「明日までにけじめつけろ!」

試合後のロッカーで、立浪和義がニヤニヤしながら、中村にこう言った。

「明日までに指を〇めないといけませんね」

ベンチの中でもキャッチャーマスクをつけていた

中村は、明らかにピッチャーがまずい投球をした際に、しばかれるのが分かっていたので、キャッチャーマスクをつけたままベンチに戻った。

当然、激しく、蹴り飛ばされた。

落合博満にボールを消されて星野監督にしばかれた

キャンプ中、落合博満が打撃練習をしていて、中村がキャッチャーをしていた。

落合に「ボール消してやるよ」と言われた。

何が起きるかと思ったら、本当にボールが消えて、中村の胸付近にボールがぶつかった。

落合がボールの軌道にきれいにバットを重ねて、捕球直前で、バットを外すので、中村は体で受けるしかなかった。

「もう一度お願いします!」と何度か繰り返していたら、後ろに星野監督が立っていた。

星野監督に激しくしばかれた。

落合は笑っていた。

次が川上憲伸なのにバントの指示

中村は、キャッチャーで8番を任されることが多かった。

次の打順は、9番ピッチャーなので、通常、送りバントの指示を出されることはない。

ただし、打撃成績があまりよくない中村は、次の打席が川上憲伸の時に何度かバントの指示を出された。

屈辱を感じていて、巨人の捕手、村田真一に相談したところ・・・

「当たり前やん、おれも桑田の前はバントやで!」

最後に、中村さんと星野監督の思い出で締めくくります

グーとパーの違いありますよ!

本当に怒ってる時はグーです

パーの時はまだ冷静

これでこられた時には出血します!

はい・・・以上が、中村武志さんの経歴と面白エピソードでした。

最後までご視聴頂き、本当にありがとうございました。

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